株式会社新井繊維

Category : Reports
Date : 2020-07-02

UNHALFDRAWING®のスウェットシャツは東京の下町にある縫製会社、株式会社新井繊維さんで作ってもらっている。
賑やかでちょっと猥雑な錦糸町駅からさほど離れていないが、周辺には三四階建の小さなビルが立ち並ぶだけの地域。地元の人間、用のある者以外人の姿を見ることはまずない。
なるほど国鉄用地があったせいで、北口の一画は繁華街とは縁遠い日常の静けさがある。こういう景色は東京の下町にところどころ残っている。筋道のない再開発を横目にひっそりと家業を続けている、表の時間とは別な時が流れているところ。
コンプレッサーがブンと低い唸り声を上げたかと思うと、二つの生地が瞬時に縫い合わせられゆく。段ボールの蓋をガムテープで綴じるようなつもりで、特殊工業ミシンを操る腕利きの女性が十数名いる。
近くに寄って見ると彼女たちの細い指が、触手のように布をすくいあげ、針のついた口へ運んでいく。まるでイソギンチャクか何かの生きもののように。
音楽はかかっていない。シャーとかブーンとかいう小さな音があちこちから聞こえるだけで、やや過密とも思える工場はいたって静かだ。けれどそれは静かにしているという訳ではない。自然とそうなる静けさなのだ。ぼくはこういう仕事場がたまらなく好きだ。
江戸明暦の大火で道路や掘割が整備され出来たこの地に、中国からやってきた縫子さんたちが長く暮らしている。うちは東京に残った数少ない縫製工場なので、駆け込み寺のように使ってもらったり、難しい仕事にも対応するようにしてますと新井社長は言う。ただそれを単に技術話と聞いてはいけない。おそらく彼女たちの生活を整えてあげないと、あの美しい触手たちは死んだ貝のように動かなくなるだろうから。新井さんのお仕事のある面は、女子チーム監督のようなものなのかと想像すると少し可笑しくなった。
立沢トオル

Photography by Ichigo Sugawara